雑記

悪夢のスロット生活の話

どうものらねこです。

軽く自己紹介しようと思いましたが、約10年前、パチスロ生活で将来を不安視させていった過程を書きます。(唐突)

のらねこの大学卒業後

 
大学は音楽大学だったのでピアノと遊びに明け暮れる日々。
学生時代は親に仕送りを送ってもらってたので、今思えば大した苦労もせずにまったりと暮らしていました。

卒業すると同時に選択肢が2つ。

1、実家に帰って仕事する
2、東京に残ってバンド続ける

まだやりたい事がバンド含め色々あったので東京に残ることに。
大学卒業と同時に家の更新が切れるので引越さないといけなかったのだが、所持金が確かほんの数万円くらいしかなかった。

仕送りも打ち切りだった為、いわゆる急なお金が必要だった。
物件探しを始めたが、初期費用だけで軽く25万〜30万くらい必要。

スロットの旨味に味をしめた卒業直後

Alexas_Fotos / Pixabay

 
途方にくれているとスロットに詳しい友達からやってみるかと言われ、初めて行った最初の1回でわけもわからずかなり勝ってしまった。
その勝ったお金と足りないお金は何とか借りたりして工面して、所持金ほぼ0のまま何とか新しい家に引っ越した。

友達から色々教えてもらいながら、色んなパチンコ屋に平日の朝からほぼ毎日稼働する日々の始まり。
日によっては朝の6時台に起きて夜の23時近くまで稼働。

当時は4号機主流だったので、ゾーン狙いや天井狙いが強く、スタートダッシュがうまくいって家賃と生活費が払えるようになった。

途中からシェイク2やエヴァ-まごころなど、5号機に移っていったが、家の近くに設定を分かりやすく入れてくれる優良店を見つけ、月に50万を超える月もあり、結構簡単だなと甘く見ていた。

突如発生した問題。等価交換をしてくれる店舗が減る

qimono / Pixabay

 
スロット生活が終わり1年がすぎる頃、今まで勝ち続けていたパチンコ生活にある問題が浮上する。
近くの優良店が等価交換を終了し、5スロ、8スロ専門になってしまい、保険の設定を入れてくれてたお店も潰れてしまった。

イベント狙いに変えてそこから続けたのだが、お金はどんどん無くなっていった。

最初の1年くらいの月の稼ぎが22〜3万ほどだったのだが、この半年で月10万前後まで落ちた。
 

この時点で辞めればよかったのだが、諦めきれず続けていると更なる問題が。

前々から聞いてはいたが、都内のお店が全てイベント告知禁止。お店からの設定に関するメールなども来なくなった。

基本的にスロッター達は当時、お店から来るメールなどで的を絞り設定狙いをする為、これは大打撃だった。
 

収支表を付けていたのだが、確かこの規制の直後の収入が2カ月で5万円程だった。

2カ月で5万円。平日10時間はホールにいて稼働してたので、時給にすると150円程。。。

自分はいわゆる博打台を避け続け、設定が入れば勝率が高いいわゆるAタイプにしか座らなかったので何とか勝ち続けることはできたのだが、イベント禁止、メールのヒントもない為、負ける日も多くなっていった。

この時焦ったのがまずかった。
いわゆる博打台、事故れば万枚(20万)出る台をメインに立ち回りを変えたのだが、全くうまくいかず、どんどん収入が減っていき、とうとうマイナスになる月が続いていった。
1日に30万勝つ日もあったが、全く安定せずどんどんマイナスに。
 

稼げないスロット生活が続いた結果と、その後に起きた「ある転機」

スロットは長時間稼働が必要な為、気付いたら周りの友達や、彼女が離れていった。

そんな中、知り合いから1本の電話が来て「まともな仕事があるからそっちに変えなよ!」と誘いが来たので、即答で受けることにした。

この決断がまた惨事を生むことになる。笑(続く)